今日のテーマは、『政府主導の賃金引き上げにより、日本にユートピア(理想郷)は訪れるのか』です。
先日、2025年度の最低賃金をめぐる議論がようやく決着して、現行から66円引き上げられた『時給1121円』がボーダーになることが判明しました。
この報道以前から、東京・大阪をはじめとした大都市圏を中心に国の目安を上回る地域も相次いでおり、日本全体で積極的に『賃金を上昇させよう』という気運が高まっていることを感じますよね。
政府が主導する賃金上昇圧力は、先日退任を正式に発表した石破茂首相のレガシー(遺産)とも言われており、その言葉は、どちらかと言えばネガティブな意味合いで用いられることが多い印象です。
日本政府としては、2020年代、つまり2030年を目処に全国平均で最低賃金1500円の達成を目標としており、それを実現するには、残り5年間で年率7.3%ペースの賃金上昇が必要になります。
成熟経済下にある日本において、本当にそんな成長(?)が実現可能なのでしょうか。
さらに踏み込めば、その実現により真のユートピア(理想郷)は訪れるのでしょうか。
確かに、シンプルに考えるのであれば、最低賃金を定めて国民全体の収入を底上げ出来れば、消費にまわせるお金(可処分所得)も増えるのでその分だけ生活に余裕は生まれるかも知れません。
また、世の中全体を循環するお金(の総量・循環速度)が増すことで、日本経済全体も豊かになっていくイメージを持たれる人たちも少なくないと想像します。
一般的に、学生時代の優等生ほど物ごとを素直に捉える傾向(言い換えると、世間知らず)があるので、政治家の方々がそのように考えてしまうのも無理はないかも知れませんね。
しかし、100%の『善意』から生み出されるものほど、皮肉にも、現実世界では取り返しのつかない『厄介なもの』になってしまうことも歴史的な事実です。
今回の事例(政府主導の最低賃金引き上げ)では、従業員サイドから見れば、有能・無能に関わらず最低賃金が引き上げられるので、短期的には収入がアップすることになり恩恵しかありません。
ただし、当然ながら反対(雇用主)サイドから見れば人件費の高騰に他ならず、すでに現場からは少なくない『悲鳴』が上がってきています。
実際、日本商工会議所が今年3月に発表した調査では、前述の政府目標に中小企業の4社に1社が『対応不能』と回答しており、年7.3%の賃上げが続けば2割が『休業・廃業』を検討するとしています。
これは、政府目標の実現により、全国の中小企業の2割がなくなる可能性を示唆しており、必然、そうなればそこで雇われていた人たちは職を失い、収入が途絶えてしまうことになります。
果たして、それは日本国民が求めているユートピア(理想郷)と言えるのでしょうか。
冷静に考えれば分かることですが、市場原理が働いている現代日本において、優秀な人材を確保するための『自由競争の賃上げ』が可能な企業は10年近く前からそれを実行しています。
しかし、政府の介入により駆逐されるのはそれが出来ない(経済的な体力がない)中小企業であり、当初は恩恵を受けるとされた従業員サイドも、巡り巡って大きな損害を被ることになるのです。
もしも、政府の真の目標が『中小企業の淘汰』であればそれは実現されるでしょうが、間違っても、国民(雇用主・従業員に関わらず)に理想的な社会が訪れることはないだろうと考えています。
井上耕太事務所(独立系FP事務所)
代表 井上耕太