今日のテーマは、『99%の日本人が知らない、1%の人たちが生きているパラレル・ワールド』です。
先日の公式ブログでは『金融業界もガラパゴス化した日本に、世界標準が導入される日は訪れるのか』と題して、海外先進諸国のそれと一線を画する形で、独自進化を遂げた邦銀についてご紹介しました。
その記事中でも触れましたが、日本国内に資産を有する、若しくは日本国内で生活している人たち以外で、邦銀(国内金融機関)の口座を保有するメリットは今のところ見当たりません。
この辺り、(途上国ではなく)日本以外の先進国にある金融機関で口座を保有している(していた)人たちであれば、経験則として私が言っていることの真意が分かりますよね。
もちろん、経済活動の範囲が日本国内に限定(給与受取、家賃・光熱費の引き落とし等)されていれば邦銀でも問題ありませんが、それ以上のサービスを求めるのであれば海外のそれとは比較にならない格差が存在しています。
もしも、日本が鎖国政策を選択して、200ー300年スパンの泰平の世が訪れるなら構いません。
しかし、より一層グローバル化が進展していく可能性の方が高いこれからの時代、世界標準を知らない99%の日本人の行動はディスアドバンテージとして働くだろうと想像しています。
実際、一つの国・地域に自国通貨(日本円)建の資産しか保有しない人たちが99%を占めるという状況は、世界全体から見ると(そちらの方が)かなり異質で、少数派の選択と言えるかも知れません。
少しだけ飛躍しますが、海外金融機関には個人資産として数十億円規模を保有する人たちしか加入する資格のない、超(々)富裕層を対象としたプライベート・バンクなるサービスが存在しています。
もしかしたら、国内展開のメガバンクでその言葉(プライベート・バンク)を聞いたことがある人もいるかも知れませんが、完全に似て非なるもので海外金融機関が提供するそれとは別物です。
その証拠に、邦銀のそれの加入基準である『金融資産1億円』は世界標準で見たときに富裕層ではないし、本物のそれは一般人まで広く門戸を開いて、宣伝広告費を掛けて加入者を募集などしません。
他の業界でも通じる所はあると思いますが、金融業界においても、派手に展開・活動している人間・企業ほど『本物』の対極の存在であると言えます。
話を戻すと、本家・スイスのプライベートバンクの始まりは11世紀まで遡り、十字軍に参加する騎士たちの財産管理を修道院や聖職者が請け負ったことが起源だと言われています。
その当時、遠征先の戦闘で命を落とす騎士も少なからずいたでしょうから、本国に残してきた資産が受け継ぐべき人たち(主には親族)に無事継承されるか否かは大きな関心事だったと想像します。
先ほど、その(経済的な)加入条件は個人資産数十億円からと言いましたが、一般人の感覚から乖離したその金額を預け入れる目的は、間違っても『運用で増やすこと』を最優先したものではありません。
そこで第一義とされるのは保有資産の『保全』であり、自らが築いた資産(先祖から受け継いだ資産)を子や孫を超えて代々受け継いでいくことが次なるミッションとして位置付けられています。
20年ほど昔の話ですが、経済的自由なる言葉を知り、実現を志した20代前半で出会った資産家一族の方々は、『もう3世代も(お金を稼ぐことを目的とした)労働をしていない』と話していました。
多くの方々がそうであるように、当時の私も、その言葉を理解することが出来ませんでしたね。
邦銀が世界標準になってしまっている99%の日本人にとっては、決して見る(立ち入る)ことの出来ないパラレル・ワールドが存在している。
善・悪の問題として論じるつもりはありませんが、それが確実に『ある』ということは偽らざる真実だと感じています。
井上耕太事務所(独立系FP事務所)
代表 井上耕太





