今日のテーマは、『お金持ちの家は片付いているという言葉が表す真意はどこにあるか』です。
恐らく、
本日、タイトルに採用したフレーズについては、誰しも、
これまでの人生で一度は耳にしたことがあると思います。
ただ、冷静に考えると、少しだけ不思議に感じますよね。
何故なら、
お金持ちであれば、一般的に購買能力は高いはずなので、
多くのモノを所有している方がイメージに合致するから。
それであれば、
『お金持ちの家は片付いている』などと言われるよりも、
身のまわりにモノが溢れ返っている方が合点がいきます。
果たして、
彼ら・彼女ら(お金持ち)が片付いた環境で過ごすのは、
一般人よりも広い家で生活しているからなのでしょうか。
それとも、
経済的余裕から、ハウス・キーピングを雇っているため、
いつもきれいに整理された空間で暮らせるのでしょうか。
普段、
クライアントさんとの面談や、同業者と接している中で、
一般に『お金持ち』と表現される方々に多く出会います。
その経験からお伝えすると何れの考察も間違っています。
それでは、
なぜ『お金持ち』と表現される人の大半を占める方々が、
きれいに整理された快適な環境で暮らせるのでしょうか。
その理由は、
彼ら・彼女らの思考回路がシンプルに整理されている為、
そもそも論として不要な『モノ』を所有していないから。
彼ら・彼女らは、
身の周りに溢れる『モノ』を整理する達人なのではなく、
不要なモノがなく、意識的に整理する必要がないのです。
価値基準は、
自分にとって、それが本当に必要か・そうではないかで、
間違っても『安いから』という理由で判断などしません。
極論、
必要なモノ・サービスならば値段に関わらず購入するし、
不要なモノであれば例えタダであっても受け取りません。
足るを知る、
自らの人生において、必要なもの・必要ではないものを、
明確に認識しているからこそ何事も上手くいくんですね。
当然ですが、
保有資産がどれだけ増えても、身体は1つに手足は2本、
私たちが一度に抱えられる『モノ』など限られています。
誰しも、
誕生するときは何も持たず、裸で生まれてくる訳ですが、
最終的にこの世を去るときもすべてを置いて旅立ちます。
先日、経済アナリストの森永卓郎さんが亡くなりました。
ある記事によると、
闘病生活がスタートして以降は身辺整理を進めておられ、
殆どの保有資産・モノを手放して亡くなられたとのこと。
ひとつだけ、
コレクションしていたトミカとリカちゃん人形を得る為、
タカラトミーの株式だけは手放さなかったという逸話が、
何とも人間らしく、少し茶目っ気があって素敵ですよね。
私自身、よりシンプルに生きることを目標としています。
物欲・所有欲は、本能的に与えられた健全な欲求ですが、
それを満たすだけでは幸福が得られないことも事実です。
井上耕太事務所(独立系FP事務所)
代表 井上耕太