今日のテーマは、『なぜその株式を買うのか一本の小論文を書けなければ、買うべきではない』です。
昨日の公式ブログでは『プルデンシャル生命・31億円の巨額搾取事件により示された金融業界の闇』と題して、漠然としたイメージだけで『金融のプロ』を盲信してはいけないと書きました。
プルデンシャル生命の社員による搾取事件(詐欺事件?)については続報が出ていて、同社が今週中にも記者会見を開く方向で調整に入っていることが報じられていますね。
当然、警察の捜査が進めば実行犯たちは100名単位で逮捕される(?)と信じたいですが、それと合わせた現役社長の引責辞任だけでは、信用回復はおろか世間が納得しないということでしょう。
もちろん、マスメディアが騒ぎ立てるしばらくの間は社会全体から注目を集めるでしょうが、良くも悪くも和の精神を重んじる日本人は、1年もすればほとんど忘れ去ってしまうのかも知れません。
それはそれで残念な気もしますが、話が逸れるため本題に入りたいと思います。
改めて断るまでもなく、今回の巨額搾取事件での悪者は現役・元も含めたプルデンシャル社員であり、彼ら(同社は女性外交員はいないとされている)の行動を擁護するつもりは全くありません。
むしろ、この事件は正真正銘の犯罪行為であり、実行犯たちはそれに目が眩んで倫理観を失った『金(かね)の亡者』であるため、犯した罪に対しては必ず実刑で償って欲しいとすら感じています。
しかし、他の事例と同様、今回の件においても『騙される側の人間』が存在しなければ事件として成立しなかったということは紛れもない事実です。
『プルデンシャル社内の人間しか購入できない未公開株式があり、元本保証で絶対に利益が出る。』
『資産運用のプロフェッショナルである自らに金銭を預託すれば、リスクなく高配当を得られる。』
なぜそのような空想上の話に対して、被害者になった方々は(明るみになった数字だけで)一人あたり約600万円もの決して小さくないお金を投じてしまったのでしょうか。
そのヒントは、長きに渡り投資の神様として崇められ、昨年末を以って惜しまれつつも第一線を退いたウォーレン・バフェットの言葉から窺い知ることが出来ます。
同氏が過去に残した言葉は、次のようなものです。
『この間のパーティーで良い話を小耳に挟んだので、ちょっと株を買ってみた』という話をよく聞きますが、小口(人によりその金額は異なりますが)の投資は大した理由もなく行われる。
そして、例えば家(居住用不動産)や家具を買う時は慎重に選ぶのに、なぜ株式の購入は(大した考察もなく)数分ほどで決めてしまうのか、という嘆きにも似た言葉を続けています。
当然ですが、神様・バフェットがそのような軽率な判断で購入する株式(*)を決定することはありません。
*バフェット(バークシャー・ハザウェイ)の場合、投資資金が巨額で個人投資家の範疇を凌駕するため、(行使の有無は別として)経営権も含めた企業買収をするというイメージの方が適切です。
それでは、彼はどのような思考プロセスを経て行動を起こしているのでしょうか。
それを端的に表したものが、本日のタイトルとして採用したフレーズです。
『なぜ自分は現在の価格でこの会社を買収する(株式を購入する)のか』という題で一本の小論文を書けないようなら、ミニマム(100株)の株式を買うこともやめた方が良いでしょう。
聡明な読者の方々は理解されていると思いますが、これは決して『株式』についてのみ言及されたものではなく、すべての投資対象に共通して適用されるべき評価基準ですよね。
わざわざ確認するまでもなく、私たちは、倫理観と正義感を失って罪を犯したプルデンシャル社員のようにはなってはいけません。
それと合わせて、被害者サイドにも陥らぬよう、日々の研鑽により意識を清明に保つよう努力することも同様に大切だと感じています。
井上耕太事務所(独立系FP事務所)
代表 井上耕太





